新型コロナウイルス感染症と姥捨て山 〜 ほんとうに守るべきは誰なのか⁉ 〜【エッセイ】

   
TOKYO ESSAY
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2020年5月25日、すべての都道府県で、緊急事態宣言が解除された。

 

それ以前に、5月14日には、東京都などの一部の都道府県を除いては、解除されていた。

 

そに伴い、巷には、一斉に人が外に溢れ出した。

 

ショッピングセンターやスーパーなどの混雑や、道路の渋滞も酷い。

 

こういうのを「」というのではなかったのか。

 

いい迷惑だ。

 

なまじ要請という名の規制などするから、その反動が大きくなる。

   

空前絶後の打撃

規制(要請)などせずに、それぞれが、社会的距離を保ちつつ、冷静に行動することなど呼びかけたほうが、よかったようにも思うのだが…

 

それについては、次にやってくる感染流行のときのために、きちんと検証するべきだ。

 

今回、要請だけはしたものの、たいした保証もできなかったことで、多くの中小企業や、観光、飲食、娯楽などの産業に、“空前絶後” の甚大な打撃を加えることとなった。

 

さらには、連鎖倒産や大不況がやってくるのは、これからだ。

 

それに、世界的にみても、最も感染が拡大したり、死者数が多かったのは、高齢者施設や病院などの院内感染などが中心で、ある程度、健康な生産年齢人口に相当する世代や、体力があり、元気があり余っている子どもなどに、感染リスクは少なかったようにと思われる。

 

そのような施設内の人は、外出自粛要請などしなくても、外出しない。

 

やるとすれば、面会制限で十分だ。

 

有名人も、多少は感染したが、彼らは、どんなときにも広告塔なので、それも仕事のうちだろう。

 

また、感染した人の多くは、飲酒や喫煙、暴飲暴食などといった、一般的な生活習慣病や、免疫力低下の要因となるような生活を送っていたことも、無関係ではないはずだ。

政治と選挙のあり方

そもそも、あらゆる感染症に対し、ゼロリスクなんて存在しない。

 

にもかかわらず、世の中の動きを止めってしまったことで、そのことによる、マイナスの影響の方が、よほど大きかったのではないだろうか。

 

これは、超高齢化社会における、政治と選挙のあり方に起因するのかもしれない。

 

選挙に行って投票するのは、主に保守的な高齢者層なので、政治は、どうしても高齢者(非生産年齢人口)を守るような政策が中心となる。

 

さらには、政治家自身も有識者(御用学者)も、どちらかというと高齢者なので、そもそもの前提が偏っている。

 

つまり、

高齢者の高齢者による高齢者のための政治

が行われている可能性が高い。

 

「若者が選挙に投票に行かないのが悪い」という意見もあるが、人口ピラミッド的に、高齢者のほうが圧倒的に多いのだから、必ずしもそうとも言えない。

 

「票」を中心に考えるから、大きな支持母体を持つ政党の一声に、総理(政府)が簡単に同意したなんてことも起こった。

 

どんなときにも、政治家(とくに政府与党)は、「選挙」のことを中心としてしか、ものごとを考えていないのだろう。

 

それは、どこかの国の大統領も一緒だが…

   

「姥捨て山」的思考

すべての人々が、豊かさを享受できているような世の中では、弱者を守ることは大切だ。

 

しかし、やむを得ず、どこかに犠牲を強いる必要があるようなときには、ある種の「姥捨て山」的な思考も必要ではないかと思う。

 

もちろん、それが最善策だとは思わないが、少なくとも、子供や若者が命を落とすよりも、生物が命をつないでいくという目的においては、理にかなっていると思う。

 

たしかに、高齢者(先祖)がいなかったら、現在の子供や若者の命そのものがないし、いまの豊かさもないかもしれない。

 

先祖や親あっての、自分の命だということは否定できない。

 

これまでの国を築いてきた高齢者(先祖)を敬い、大切にするのは間違っていないが、それによって、子供や若者世代が苦しむとしたら…

 

また、先祖(高齢者)も、自分たちが生き延びるためなら、我が子や孫、ひ孫たちが、不幸になっても構わないなどとは、普通なら、思わないはずだ。

 

どのみち、普通の生物は、子孫に後を託して、自分は先に世を去ることになるのだ。

歳出削減の…

少子高齢化が進めば、社会保障費や医療費が、構造的に足りなくなる。

 

「歳入」が減り続け、「歳出」が増え続けるのだから、当たり前だ。

 

こんなことを書く人は、おそらくいないと思うし、あくまで、個人的な意見だが、新型コロナウイルスは「歳出削減」の大きなチャンスだったのではないだろうか。

 

もしも、パンが一切れしかなかったとしたら、私なら、自分では食べず、親にも食べさせず、子どもに食べさせる。

 

また、たいがいの人の親なら、そうするはずだ。

 

しかし、今回の新型コロナウイルス対策で、今後の「歳出」は維持(増大)され、「歳入」の方は、ますます削減される方向に向かうだろう。

   

おわりに

5月も終わりに近づき、いよいよ、6月より “新たな日常” が始まろうとしている。

 

たしかに、今回の新型コロナウイルスの感染拡大によって、無駄(無意味)なものが、たくさん排除されたという、良い側面も多く見られた。

 

そして、それらは、今後も後戻りすることはないだろう。

 

とくに、職場においては、無駄に「密」を作り出すような働き方に、戻るようなことはないだろう。

 

それは、とてもよいことだ。

 

多くの人にとって、多くのストレスが軽減されることだろう。

 

さて、全国で緊急事態宣言は解除され、早くも、「第2波の入り口か?」というような報道も見受けられるが、感染者が増加したら(するだろうけど)、「K防疫」を自慢していた国のように、再び、緊急事態宣言や外出自粛要請などを行うのだろうか?

 

また、必要以上に騒ぎ立てて、視聴率を稼ごうとする、昔ながらのメディアのやり方や、報道の偏りにこそ、「自粛」を要請したいところだ。

   

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